ネパール テンカンポチェ峰(6500m) *2009年4月号の『岳人』に掲載されたものです。
「2006年、インドヒマラヤのメルー峰の頂上に立つことができた。その時、深い感動とともに受け取ることができた最大の贈り物は『自己の可能性の追求』という湧きでてくる強いモチベーションではなかっただろうか。このルートよりもう少し険しく、美しいラインをアルパインスタイルで登ってみたい。もう少し高いレベルのアルパインクライミングができるはずだという淡い思いは、短期間のうちに意志へと熟成されていった。」
これは今回私たちが遠征を行うにあたって、日本山岳協会の海外登山奨励金制度に応募した際、提出した文書の一部である。
トレッキング街道をベースキャンプまでいつもより何倍も時間をかけて身体を高所にならしつつただゆっくりと歩く。歩きながら頭の中に浮かんでは消えていく事と言えば雪と氷を纏ったテンカンポチェ峰の事だけである。
2年前インドのメルー峰を登った私と馬目は、メルー峰登頂によって新たな自分たちの可能性を追求すべく、次の山を探していた。「どこへ登ろうか」。馬目と会うたびに挨拶代わりに交わす言葉がいつもこれだった。そんな時、友人を介してヒマラヤに精通している友人を紹介していただいたのである。早速連絡をとり、山の写真を送っていただくが、届く山の写真はどれも魅力的で興味をそそられるものばかりであった。そんな数あるヒマラヤの美しい壁の中でも一際美しく、そして危うく聳える山があった。その山こそ今回私たちが情熱を注ぐ登攀対象として選んだテンカンポチェ峰(6.500m)である。
山の写真を見てから私と馬目の間で日常的に交わされてきたあの挨拶代わりの言葉は聞かれなくなる。そう登るべき山は決まったのだ。
しかし、山が決まり心の底から熱いものが込み上げてくるのとは裏腹に「登れるのだろうか」と言う不安が頭を過る。勢いや憧れだけでは登れない。必要なのは高い技術と多くの経験、そして何よりも「絶対登ってやろう」と言う熱い気持ちである。それから私たちは時間が許す限り二人でロープを結び合った。
山を調べて行くとこの山が今でも未踏である事が判明し私たちの野心を大いに刺激した。しかし、そんな功名心も私たちがトライする同年4月にスイスペアによって登られてしまう事で消えてしまう。
日本を発ってから9日目、ようやくBCとなる村、テンポへ到着した。我々がベースとするのはテントではなくロッジである。そしてこのロッジの目の前に私たちの目標であるテンカンポチェの岩壁が私たちを拒絶するかのようにどっしりと聳え立っている。ロッジから見上げるその山は想像以上に大きく、そして威圧感だ。「登れるのだろうか」再びあの時の不安が頭を過る。
毎朝、ロッジのベッドから起きて顔を出すともうずっと昔からここに居座るように山が聳え立っていた。山を見上げては我々のラインを観察する。下部の岩壁はどうなっているのだろうか?大きなあの一枚岩にリスやクラックはあるのだろうか。不安が心を駆り立てる。順応を兼ねて壁の基部まで偵察に出かける。大きな一枚岩に変わりはないが、リスやクラックはある。これなら行ける。馬目と相談しラインを決めた。
11月9日、パルチャモ(6180m)で順応を済ませ下部岩壁の試登へ出かける。ネパールへ来て多少ボルダリングはしたものの、本格的なクライミングは久しぶりだ。プレッシャーはない。ただ、ようやくクライミングができることの喜びを二人でひしひしと感じながら岩壁へ向かう。
太陽が昇り始めるのと同時にクライミングを開始。所々に雪が付いており、気温も低い。時には手袋をはめて、そして時には素手になりながら快調に高度を稼ぐ。今朝出発したロッジはもう米粒ほどの大きさだ。ロッジからガイドのダワさんやおかみさんは私たちを見守ってくれているだろうか。
昼過ぎ今日の核心部に出た。大きな一枚岩のスラブだ。明らかに15m以上プロテクションらしいものは取れそうにもない。少し緊張するが、プレッシャーはない。「これぐらいで落ちるはずがない。」そう自分に言い聞かせてロープを伸ばす。スラブ部分は素手とフラットソール。途中からダブルアックスとフラットソールで登る。不思議な組み合わせだが、これが一番上りやすい。途中草付きにアックスを打ち込みながら日本の冬壁を思い出す。これならイボイボを持ってくるべきだった。
結局この日は5050mまで上がって、技術的な核心部にロープを二本フィックスしてロッジへ戻った。
アタック前日、ロッジの前で子供とサッカーをする。
前回の試登の時とは違って、アタック前日ともなると少し緊張する。
子供とサッカーをしながら時折、山を見上げる。「いよいよ明日だな」身の引き締まる思いだ。
11月12日、前回登った5000mのテラスまで上がる。今日はGo Upだけれども、前回の足跡を辿ったに過ぎない。本当の意味でのトライは明日からである。この日は多めに担ぎ上げた食料をお腹いっぱい食べて早目に眠りについた。
11月13日、あらかじめ決めておいたラインを登り始める。二人とも順化がうまくいったのであろう快調にロープを伸ばす。見上げると青空が眩しく、太陽がこのヒマラヤの雪と氷、そして岩の世界をまばゆく照らしている。なんと美しいのだろうか。ロッジから毎朝見上げたあの大きな山の中に今私たちはいるのだ。そんな事を思い浮かべながらただこの大きな自然の中で行うクライミングと言う行為が無性に楽しくそして素晴らしいものだと感じる。下部岩壁を終え、上部の氷雪部分を登る。我々が予定していたビバークサイトよりも思った以上に進むことができ5650m付近に格好のテント場を見つける。この日も横になって眠ることができそうだ。遠くエベレストやカンテガの山を見ながらテントに入って休んだ。
11月14日、シュラフやシュラフカバーなどいくつかの荷物をテントサイトにデポし出発する。軽量化を図ってできればこの日で頂上を踏んで降りてこようと言う予定だ。駄目でも寒いビバークを耐え凌げば明日には頂上へ立つことができるはずだ。朝日に照らされながらロープを伸ばす。遠目に見えていた氷の基部に到着する。遠くから見ていた分、大きさを測り間違えたのであろうか。思った以上に氷はでかい。連続して出てくる氷はヒマラヤらしくかたい氷だが、それでも快調にロープを伸ばす。気持ちよく効くスクリューが心地よい。しかし、登るにしたがってとにかく息が切れる。全身酸欠状態になりながら少しずつロープを伸ばすスピードも落ちていく。アックスを打ってスクリューを決めると顔を氷にうずめたくなるほどだ。そんなピッチをいくつもこなすが、頂上はいつまでたっても近づいてこない。陽が沈み気温がぐんぐん下がり始めた。予定より低い位置だが、決して悪い位置じゃない。ルンゼを避けてビバークサイトを急峻な雪壁に探した。8時ごろようやく二人が座れるだけのテラスを切り崩し、ささやかな夕食の準備をする。明日こそ頂上だな。そんな期待を胸に抱いて防寒着を羽織って座ったまま眠りに就く。しかし、寒さは想像以上のもので、どうにもこうにも寒くて眠ることができない。挙句の果てには体が寒さで硬直していくのが分かる。このままでは休んでいても寒さをこらえて全身に力が入ってしまい、休憩にもならない。馬目と相談し1時前に出発の準備に取り掛かる。この日の朝食はカーボショッツ2袋にお吸い物。この場所にしては最大限豪華な朝食と言えよう。
3時半頃、ルートに出てクライミングを開始しようとしたその瞬間、我々の登る予定のルート上をテレビ大の落氷がいくつか音を立てて闇夜にまぎれて落ちていった。このルートの上部には大きなセラックがある。きっとそのセラックから来たものであろう。少し躊躇するが、後僅かに迫った頂上の魅力に負けるように登り始める。
暗がりの中、ヘッドランプの灯りだけを頼りに上を目指す。どれぐらいロープが伸びて、どれほどランナウトしているかはこの暗がりの中では分からない。それでもひたすらバイルを振って上へ上へと駆け上がる。
朝日が昇るのと同時に上部のセラックが私たちの前に現れた。いつ落ちてもおかしくないそのセラックは危ういが、危うさに比例するように威風堂々としていて美しい。そのセラックをスピードの上がらない我々はゆっくりと通り過ぎ回り込むように馬目がロープを伸ばす。ここを越えればもう頂上はすぐそこだ。期待に胸を膨らませ、フォローでセラックを回り込むと、すぐそこにあるはずの頂上がまだ延々と遠く見える。「そんなはずはない」心の小波が大きなものとなっていく。しまったことにビバーク地に水筒など全ての装備を置いて来た。あるのはビレイジャケットに入っている今日の行動食であるカーボショッツが3袋だけだ。時間的には余裕があるが、今ある体力と持ち合わせている食料を天秤にかけるとぎりぎりだ。せめてテルモスがあれば・・・置いて来た事を後悔するが、後悔しても始まらない。時刻は9時、もうすでに行動を始めて6時間が過ぎようとしていた。
ここで馬目の提案によりコンテに切り替える。流暢にスタカットで登っていてはいつになるか分からない。逸る気持ちとは裏腹にスピードは上がらない。それでも今ある体力の限り急いでロープを伸ばす。時折頂上を懇願するかのように見上げても、一向に頂上は近づいてくれない。それでも頭の中には「諦め」の二文字は出てこない。コンテでしばらく進むと先を登る馬目が、すぐそこが稜線だと私に告げる。そんなはずはない。稜線はまだ何百メートルも先ではないか。そう思って上を見上げると、まだまだ先に見えた稜線がすぐそこに見える。何と言うことだろうか私たちは真っ白な空間の中で、完全に遠近感を失っていたのである。真っ白な空間に赤いジャケットを着た馬目が入ることで、距離感が戻り、頂上稜線がすぐそこに見える。その瞬間、たとえようもないほど喜びがこみ上げて来て、嬉しくて仕方がなかった。稜線を抜けた馬目をフォローすると、まさに頂上はすぐそこにあった。強風の中、頂上で簡単に記念撮影を済ませて10時45分、ピークに別れを告げて下降を開始する。今回使用したロープは80mなので、下降は快調だ。ただひたすら上を目指して登ったのとは違い下降はあっという間の出来事であった。
翌0時30分、延々12時間近く懸垂下降をしてようやく取り付きまで下りてきた。そそくさと荷物を片付けロッジに戻ってビールとコーラで祝杯を挙げる。
翌日、心地よい疲れを感じつつ、目を覚ます。扉を開き、山を見上げるといつものように山が聳えていた。しかし、いつものように威厳はあるが、もう威圧感はない。「登ったんだな」と言う実感が沸々と沸いてくる。
この山は私たちにとってこの2年間の大きな目標であった。しかし、もうテンカンポチェ峰の登山は終わったのだ。
さて「次はどこへ行こうか」。
再びあの日常化していた挨拶代わりの会話がまた始まっている。
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